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公開講座で池上道を歩きました。<平成29年10月16日>

平成29年10月16日(月)
 
14日(土)、都民の皆様を対象に都立田園調布高校公開講座を開催しました。「池上道を歩く」の第2回目で、講師は本校地理歴史科の教員が務めています。
前回は、大雨洪水警報の出る中で、御嶽神社・雪谷大塚・桜坂を歩きました。
今回は、桜坂を下り、おいと坂をみて、東光院へ行きました。
東光院前の六郷用水の水車模型を見てから、六郷用水沿いに歩いていきます。

密蔵院は、田園調布高校の崖下に広がる寺で、庚申堂があることで有名です。昔から嶺町一帯は、庚申信仰が盛んな地域であり、町の四隅に庚申塔建てていました。環状8号線沿いに、練馬・杉並の辺りから庚申塚は散見されますが、世田谷区・大田区は特に多くの庚申塔が現存している地域です。それだけ地域共同体の結びつきが強かった証しでしょう。
西嶺の庚申塔と鵜の木の庚申塔を見て、女堀の坂を上ります。

毎朝、地域の方々が清掃している道は、いつも清々しく、歩く人に「おはよう」と声掛けをしている姿に、地域を愛する人々の姿を見てとれます。
観蔵院は、「峯の薬師」として有名な寺院で、江戸時代には御嶽神社と並んで江戸庶民の信仰を集めましたが、明治に入り、廃仏毀釈で廃寺となりました。地域の方々が、薬師堂を守り抜き、羽田で廃寺となっていた観蔵院の名跡を継いだそうです。

六郷用水沿いの道に戻ります。少し行くと鵜の木松山公園です。

ここは、古墳時代の横穴墓が残されています。
松山というだけあり、松の生えた高台からは、川崎や蒲田のビルが良く見えます。
六郷用水・池上道に戻り、環状8号線にでる一つ手前で曲がると増明院です。この寺の山門は、備前岡山藩池田家下屋敷の門が使用されているそうですが、全容は見定めることができません。
増明院を出て、環状8号線沿いに光明寺に向かいます。

 

行基が開創、空海が中興の名刹で、関東高野山と呼ばれた寺でしたが、浄土宗に変わり念仏道場となりました。そのため再興されたのが西六郷・高畑の宝幢院光明寺だそうです。

本堂裏にある荒塚は、かつては2基あったものが、1つは環状8号線の工事で潰されて、今は1基のみになったそうです。
この寺の門前で六郷用水も分水をしていますが、多くの道がこの寺の前に集まり、別れていく地点になっていました。

新田義興の灰塚と呼ばれている場所です。裏を六郷用水が流れ、光明寺の目の前にあります。私有地で入ることはできませんが、右手の椎の古木の下に祠があり、板碑がお祀りされているそうです。
このあと、光明寺道標を見て、千鳥町で解散しました。

 

次回は、11月18日(土)に第3回を行います。この回は、都立田園調布高等学校を出て、久が原の嶺の白山神社から筏道を歩き、鵜の木八幡を経て、光明寺前に到り、そこから六郷用水沿いに池上に行きます。 

 
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